やっさん(5)

(2022年11月20日 付)
作・深尾澄子(ふかお・すみこ)
1941年生まれ、大阪府出身。府立今宮高卒。元大阪府池田市役所職員。2021年「ノースアジア大文学賞」大学生・一般短編小説の部最優秀賞。兵庫県川西市住。
絵・今井恒一(いまい・こういち)
1949年秋田市生まれ。秋田商高卒。秋田美術作家協会会員。同市住。

(四)

 

 三泊四日のねぶた旅行から帰ってすぐ、やっさんは(あれっ!)という行動に出た。

 「おめに捨でられるまでは、こげにするだ」と宣言し、下着を詰めた紙袋を持って文代の家に入り込んできたのだ。仮に好きな相手でも、これはマズイ状況である。女の一人暮らしに世間の目は厳しい。そんなリスクを冒す価値が、このやっさんにあるだろうか。

 しかし、文代は黙っていた。根が甘くできている彼女は、相手の勢いに呑まれてしまった。迷惑ではあるが、一方では、用事を頼むのに好都合だろうという横着な計算も働いた。

 ところが、大向こうから異議ありの大合唱が湧き上がった。

「あの二人、いったい何考えとんねん」「ええ歳こいて同棲なんて、みっともない」

 老人会の念仏衆から起こった〈反対運動〉は、次第に火のついたような騒ぎになった。中には〈義憤〉の余り、わざわざ会長宅に談判に押し寄せる手合いもいた。

 「あの二人、最近この地区の風紀を乱してまんねんけど、あんなん取り締まられへんのでっか」と、まなじりを決して詰め寄る。あたかも、社内労働争議か反社会勢力糾弾のごとき趣を呈してきた。

 それに対して、会長は威厳に満ちた口調で、こう答弁した。

「別にええやないか。独り身の年寄り同士が、あないして助け合うて暮らしてるんや。誰に迷惑がかかるわけやなし、お上の世話になるよりマシやろ。税金の無駄も省けるし。ま、風紀を乱してるいうほどでもなかろう」

 数日後、文代はトミ子の訪問を受けた。

 彼女は上がり込んで小半時、いつものようにとりとめもない世間話に興じた。帰り際に、玄関口で突然真顔になり、こう詰問したのであった。

「ところであんたら、体の関係はどうなってんの?」

「えっ?」

「もう許したんかって聞いてんねん。ハッキリ言いよし」

 ピシリと決めつける。文代は、聞こえない振りをしてポテトを抱き上げた。

「えらいこっちゃ。このコ、オシッコやて。ごめんなあ、今から散歩に連れ出さんならんよって、また来てね」

 詰め寄るトミ子を、体よくはぐらかした。

 おそらくトミ子は、念仏衆の委託を受けて、斥候として乗り込んできたのだろう。あわよくば猥談めいた述懐のひとつも引き出し、喝采を博すつもりだったのかもしれない。

 別の日、文代とやっさんがスーパー四つ葉で買い物をしているとき、老人会でしわいと評判の、やもめ男クニさんと出会った。彼は、カゴの中にブロッコリーを一個入れていた。

「ちょっと教えてえな。こんなん、どうやって料理すればええのんかいな」

「茹ではったらよろしいねん。それをマヨネーズで和えたり、シチューに散らしたり……」

 すると、やもめ男は文代ににじり寄って、耳元で囁いた。

「ところで、やっさんみたいにしてもらおう思たら、月なんぼくらい払うたらええんや?」

 文代は憮然とした。すると、やっさんが背後から茶々を入れた。

「まあ、百万もあればええんでねえだか」

 さらに別の日、郵便局で出会ったタケ子が、こんな露骨な質問をぶつけてきた。

「聞くところによると、あんたがやっさんの年金全部押さえてるいう話やけど、それ、ホンマかいな」

 (聞くところによると)って、一体誰に聞いたのだ。この時は、さすがに嫌な気がした。

「そんなこと、できるわけないでしょ」

「せやかて、みんなそない言うてるで。カネでトクせんかったら一緒におるはずないって」

 〈みんな〉という言葉に、いやに力が入っていた。そして、(どや、参ったか)というように鼻の上にシワを寄せた。〈無明の闇〉という仏教用語が、ふいに浮かんだ。それが、タケ子の垂れ下がった頬の肉の上に具象化しているように見えた。

 当初やっさんは、文代が元公務員だと知ると、露骨に苦々しい表情になった。

「おら、そげなヤヅらに腹が立ってたまんね。どうでダラダラ楽な仕事ばして退職金や年金さ、おらだちの何倍も貰っだに決まってるだがらよ。なんでそげになるだ。おかしいでねが。世の中狂ってるだで」

 と、怨念をぶつけてきた。が、文代が三十歳過ぎの中途採用で、長いアルバイト期間を経て正職員に登用されたものの、最後まで底辺の一兵卒で筋金入りの肉体労働者であったこと、その上、年金額は自分よりやや少ないという実態を知ったとたん、ケロリと機嫌が直ったのだった。

挿し絵

 やっさんとてバカではない。それどころか、あれで案外隅に置けないところもあるから、彼らが憶測するようなことを諾々とさせるはずがない。それがなぜわからぬか、と言いたかった。もう、こういう人たちの相手をするのはうんざりだった。さりとてこの手合いは、放置すると何を触れ散らかすかしれない。

 食費と水道光熱費を半々にシェアしているのだ、とありのままを語ったものの、なんでこの人にそんな内情まで言わねばならないのか、と不快であった。疑わし気なタケ子の金壺眼にジロジロ見つめられると、いよいよ気持ちがめげた。

 

 前田は月に一度、律儀に訪れた。まず近況を尋ね、それからのんびりと裏の森を眺め、木や小鳥の話が弾むこともあった。かつて高校の生物の教師をしていたとかで、なかなか造詣が深かった。文代は、前田を傾聴ボランティアとして遇した。知的で温和な彼女に、それはピッタリだった。聴くだけでなく、しばしば、小味の効いたコメントが発せられた。

 ――もう、この辺の年寄り連中には、ホトホト愛想尽きました。せやよって、つい娘にこぼしたんです。ほたら(なんや、その上から目線!)て逆に怒られまして。あの子に言わせると、〈念仏衆〉は差別用語やと。教会に行ってるのに、謙虚のカケラもない、何のための信仰や?とまくし立てよってからに……いや、これにも参りましたわ。

 ――あら……。あなた、クリスチャンでいらっしゃったのね。そもそも欠点や弱さのない人なんていませんよ。それ直すのは信仰の目的ではなくて結果でしょう。よく知らないけど、そうじゃないかしら。

 ――本当は、信仰のこと隠しておきたかったんです。似合わないから。

 ――お任せすればいいのよ。ま、自分を責めずに気楽にいきましょう。

 それから、前田はふっと意味ありげな含み笑いをした。

 ――でも、確かにあなたの言われるような、どうしようもなくベターッとしたお婆さんって世間に案外たくさんいますね。その言動を傍から見てると、結構笑えます。自分もそういう人たちの一人かもしれないのにね。

 前田がそうなら、当然自分もそうに違いないと、文代はしょげる。

 

 やっさんの献身のお陰もあり、文代の体調は薄紙を剥ぐように改善し始めた。

 そうなると、元来ちょこまかした文代はじっとしていられず、誘われて社交ダンスを習うことにした。するとこれが、彼の憎むところになった。

「おらホではあげなこと、イロキチのアホがやるごとと決まってるだ。おどごとおなごが手ェさ握って顔さぐっづけて、何やってるだァ。あまくせェ」

「スポーツ・ダンスやんか。けったいなこと考えんでちょうだい」

「なァにがスポーツだか! からこしゃぐでねえ! あれで家庭ば壊したアホ、おら、何人も知ってるだでよ」

 いったいいつの時代の話か。いまどき社交ダンスをそんな風に見做す人はいないだろう。

 近所に、カラオケとダンスの両方をやれる店を見つけた。

 やっさんがカラオケを歌う傍らで、文代はマスターにダンスの手ほどきを受けた。すると、彼は途中でマイクを放り出し、血相を変えて二人につきまとい始めた。

「あ、あ、あ、そげに身体さぐっづげるもんでねえ!」

「なじょして、そげにスカートの中さ脚、突っ込むだか! きもやげる!」

 イチャモンをつけ続けるので、マスターは閉口の態で苦笑し、文代は恥ずかしさと怒りでいっぱいになった。中でも、タンゴは深くホールドする。スロー・スローと男女が向かい合って同一方向に動き、クィック・クィックでパッとプロムナードに開く。その鮮やかな方向転換と緩急のリズムが、タンゴの妙味である。上半身は思いきり離すが、下半身は密着させる。男性が右の腰骨でリードを伝えるためだ。これがイカンというのなら、どうやって踊れというのだ。

「アホ! バカ! 田舎モン! ええかげんにしよし!」

 店外に出るや、文代はやっさんを叱りつけた。

「したっけ、おめェはあいつに抱かさって踊りながら、嬉しそうにしてたでねえか」

「どこが嬉しいもんか、あんなニヤケ男!」

 まったく話にならないとは、このことであった。脳トレ・筋トレの一助として始めた社交ダンスだが、文代はとうていこんな場で恋愛が生まれるとは、思えなかった。

 だいたい、好きでもない男と至近距離で接触すること自体、苦行みたいなものだ。加えて、団体レッスンはほとんどが老人の初心者である。互いに下手なのは仕方ないとしても、掌がベタベタだったり、足を踏んづけられたり、口臭が酷かったりで、快適とは程遠い。