やっさん(3)

(2022年11月18日 付)
作・深尾澄子(ふかお・すみこ)
1941年生まれ、大阪府出身。府立今宮高卒。元大阪府池田市役所職員。2021年「ノースアジア大文学賞」大学生・一般短編小説の部最優秀賞。兵庫県川西市住。
絵・今井恒一(いまい・こういち)
1949年秋田市生まれ。秋田商高卒。秋田美術作家協会会員。同市住。

 やっさんは頬を上気させ、一滴も飲まないのに、三人の中で一番酩酊しているように見えた。聞き取りにくい南部弁で、トツトツと亡妻の思い出などを語った。

「久しぶりにめがった(うまかった)だ。ありがとな」

 余韻を惜しむような表情で、帰っていった。

「結局あれよ。淋しいんよ、あのおっちゃん」

 カツ子は、後ろ姿を見送りながら囁いた。

「それはそうといまどき」ふっと思い出し笑いを浮かべる。「自分のことをおらいう人、実際におるんやね。時代劇に出てくるお百姓みたい。いったい、どこの生まれなん?」

「青森の八戸とかいうてたよ。今でも私、あの人の言葉が半分も聞き取れなくて」

「そうやろうね」

「家さおんであれ(来てください)って何度もいうから、カラオケ仲間と一緒に寄せてもろたことあんねんけど――」

 以前から、ポテトの散歩コースの一角に、奇妙な家があるのに気づいていた。戸外にもの凄い音量で演歌を流しているのだ。どうやらマイクを使って歌の練習をしているらしい。

 それだけではなく、道路に面した窓に、いくつもの風鈴をぶら下げていることでも目立った。おまけに、風鈴と風鈴の間に、使い古したCDまでが等間隔にぶら下がっている。まるで、お祭りの屋台みたいに賑やかで滑稽だった。

 さらに、である。門扉から玄関までの粗末な外階段の端に、一個ずつ素焼きの植木鉢が置かれ、毒々しい赤のホンコンフラワーが一本ずつ挿してあった。それが、風雨と日光に晒されて白っぽく変色しているのを見た時、ここはいったいどんな風狂の仁の住処かと、文代は怪しんだ。それが、やっさんこと木部安造の家であった。

 「かちゃくちゃね(散らかった)部屋だども――」という謙遜の言葉とは裏腹に、内部は男世帯にしては珍しいほどキチンと片付いていた。ただ、すべての間取りが、文代の家より二割がた狭い。そこに、不釣り合いなほど巨大なカラオケ・セットが鎮座しているのと、襖いっぱいに振袖姿の島津亜矢の大ポスターがテープで貼り付けてあるのには、驚いた。

「顔見知りになってみると、拍子抜けするほど普通の人で」

 「うんうん。なんや、可愛げがあって憎めんおっちゃんやね。それにしてもあのスゴイ訛り、なんで直さんのやろか。もしかして……よう直さんとか?」と、カツ子は首を傾げる。

「センスの問題やろね、家の飾りつけも言葉の訛りも……」

 文代は後半分を心の中で呟く。

 

 市では年一回勤労感謝の日に、老人会連合演芸大会を催す。市内各会の芸自慢が、ステージで歌や踊りを披露するのだ。当日、会場になったメジロが丘小学校講堂前に、やっさんは文代を助手席に乗せて堂々と、むしろこれ見よがしに乗り込んだのであった。

 すでに集まっていた老人会のめんめんは驚き呆れ、さまざまな憶測が飛び交った。

「あれ誰や?」「見ん顔やけど、どこの女や?」「やっさんの彼女か?」

 情報通と口達者なので周囲を牛耳っている、タケ子という中婆さんがしゃしゃり出た。

「やっさん、あの女のことで、会長さんにいろいろ相談持ちかけとったらしいで。あの須藤文代を好きになってもうたけど、つき合うても大丈夫やろか、と思いつめたように」

 へええええ!という低いざわめきが起こった。やっさんは長年カラオケ・グループに居ながら、浮いた噂一つなかった。それが、最近よそから越してきた素性のよくわからない女に、いきなり好意を持つとは何事や、けしからん、というブーイングなのであった。

「ほな、会長さん、どない言わはったん?」

 固唾を飲むめんめんをグルリと見回し、タケ子は声を張り上げた。

「やめとけ、言わはったんや」

「なんで?」

「そやかてあの女、離婚した夫の姓を名乗っとる。いうことは、まだなんぞつながりがあるいうこっちや、ややこしいぞ、て」

 なるほどさすがは会長さん、ヨミが深い、と彼らは互いに頷き合った――。

 後日、廻り廻ってその話が耳に入った時、文代は噴き出した。

「旧姓に戻せへんかったのは、職場で離婚のことを公けにしとうなかったからや。今もつながりあるやて? アホクサ」

挿し絵

 このテの噂の伝播は早い。たちまちやっさんと文代の仲は、メジロが丘の老人会全体に広まった。やっさんに悪びれる様子はチリほどもなかったが、文代は大いに辟易した。

 こんなんはモテたんやない、とムクれた。若い頃、対人恐怖症のあった彼女は、不作の人生を歩んできた。それでいじけてもいた。今さらこの齢になってあんな山猿風のチビ男から好意を持たれても、うっとうしいだけだ。逆に、「おちょくっとんのか!」と、運命の女神(もしそういうものが居るのなら)に噛みつきたい思いだった。

 しかし彼は、そんな文代の気持ちにまるきり無頓着だった。あのグループでは歌が上手くならねだがらと言って、ほくほく顔で彼女をあちこちのカラオケ喫茶に連れ歩いた。

 どの店でもやっさんは上客として扱われていた。それは、彼がしじゅう歌いに来るのと、店主催のカラオケ祭に、気持ちよく出演してくれるからであった。そういう常連客は、店の売り上げにとって貴重な存在なのだろう。

「考げえてみればおらも――」

 彼は、薄暗いカラオケ喫茶の片隅で携帯を弄びながら、しみじみと述懐するのであった。

「出稼ぎで国さ出てから五十年、いろんな現場さ渡り歩いただが、今じゃほれ、こげんして携帯も車も家も持てただし、カラオケさも好きな時に歌いに来れる身分になっただし。昔のおらがら思うと、夢っこみでえな話だべなァ」

 そう運命に感謝を表明したと思うと、急転直下いきなり回顧談に飛躍するのだった。

「おらがこげに身体が小せェのは、ふた親が祝言さ挙げるめえ(前)に生まれたからだと。それを姑からいじめられで、ババ(母親)は、おらをエンツコさ突っ込んで、野良仕事に追い使われだっきゃ、乳もはァ、ろぐに飲ませねがったと本家のババさから聞いだども。そのババは恐山のイダゴで、祭りにゃ口寄せもするだ。おら、わらしのどきババさから、早う家を出で働ぐどええごとあるじゃ、そう卦に出どるいわれで――」

 やっさんの弁によると、彼の生まれ在所は、迷信と土俗信仰に彩られた骨太なカオスで、現代科学のさかしらな理屈などを吹き飛ばす濃密なエネルギーに満ちていたようだ。その地の水と空気と食べ物が彼を創り、周囲の人の情けが彼を育んだ。そこは今や、彼のアイデンティティの根っこであり、かけがえのない聖地なのであろう。

 だが、

「四十で箕面の砕石会社さ拾われで所帯さ持ぢ、いれえ(以来)ずっとこの地に根ェ下ろしちまっただ。もうあげな寒いどごろにゃ戻れね。今じゃハア、電話と夢っこの中だげで繋がってるようなもんだし」

 ということらしかった。

 ひと節、問わず語りを終えると、彼は上機嫌になる。

「話こ、聞いてもらえたへで嬉しかったで。こげなところの払いは、気にしねェで」

 と、尻のポケットから財布を取り出した。それがペラペラのビニールで、ひところ風水で金運がよくなるといわれて流行ったケバケバしい黄色であるのを見た時、文代はむずがゆい気持ちになった。どう考えても、この手の財布に金運が舞い込むとは思えなかった。

「気持ちようワリカンにしましょうな」

「そげなこと言うもんでねえ。おらが誘っただがら」

 毎回そんなことが積み重なると、小心な彼女は気になった。どう見ても金に縁のなさそうなこの貧相な小男におごられるのは辛い。無理をさせているのでは? と思うと落ち着かず、彼が財布を取り出すたびにハラハラした。

 

 ところが翌日、やっさんはこともなげに言った。

「今、新歌舞伎座に島津亜矢のコンサートがかかっているだが、行かねだか」

「はっ? 新歌舞伎座に?」

 高いんやろう、という言葉を反射的に呑み込む。今まで、好きなクラシックのコンサートにだって、数えるほどしか行っていない。だいたい舞台でプロの演奏や歌を聴くこと自体、文代にとっては、非日常の贅沢なのであった。

 やっさんは、畳みかける。

「な、行くべえ。チケットはおらが買うだし」

「でも……」

「なァに、値段なんか知れてるべし。おら、何度も行ってるだから任せてけろ」

 さらに、ウキウキした口調でつけ加える。

「こげなのは、S席で観ねばだめだで。チケットさは前売りで買うだがら、当日中へ入えったら、二階の売店で弁当とパンフレットを買うべし。弁当は、松竹梅の松にするべえ」

 十六で国を出て、酒もタバコもバクチもやらず、女遊びも知らず、ひたすら土方作業に明け暮れた日々に覚えた、たった一つの道楽がこれだったのであろう。

「それならご一緒させてもらうけど、途中でトイレに行きたなったらどないしょう?」

 それは、頭の痛い問題であった。