
日本海中部地震40年:識者の視点(下)想定疑い、率先避難者に 東大大学院・片…
災害は、時に想定を超える規模や形で発生する。その時、いかに行動できるかが、自分と大切な人の命を守る鍵になる。東日本大震災以前に岩手県釜石市で継続的な防災教育を展開し、中学生らの率先避難につなげた東大…
1983年に発生した日本海中部地震から26日で40年となる。強い揺れに見舞われた県内では、津波や建物の倒壊などにより83人の尊い命が奪われ、各所で甚大な被害が出た。当時の状況を知る人たちの証言から本県を襲った大災害を振り返り、いつか再び来るかもしれない「その時」に向けた備えを考える。
災害は、時に想定を超える規模や形で発生する。その時、いかに行動できるかが、自分と大切な人の命を守る鍵になる。東日本大震災以前に岩手県釜石市で継続的な防災教育を展開し、中学生らの率先避難につなげた東大…
日本海中部地震は、津波到達までの早さ、広範囲の液状化などで災害史に刻まれる出来事だった。過去の国内外の災害を主に研究している秋田大地域防災減災総合研究センターの水田敏彦教授(54)=地震工学=に、地…
地震と津波は、いつか再びやってくる。「その時」に備え、私たちはどんな準備をすればいいのか。地域住民や児童生徒の防災力向上を目指し、各地で「防災キャンプ」を展開している日本赤十字秋田短大介護福祉学科の…
日本海中部地震では秋田県沿岸部の交通網が寸断され、被災地へ支援物資が届けられた。当時、日本赤十字社県支部の入社3年目の職員だった碇谷壽朗さん(64)=秋田市楢山=は、発生直後から支援物資の輸送に奔走…
「災害はいつ、どこで起きるか分からない。だからこそ被害を軽減し、速やかな復旧につなげるためにも、避難場所の確認といった備えをしておく必要がある」。元秋田県警警察官で県防災アドバイザーの渡部健悦さん(…
一見して強固な地盤が、地震の揺れで崩壊する液状化現象。日本海中部地震では秋田県沿岸の広範囲で発生し、住宅やインフラ、農業に大きな被害を与えた。秋田高専名誉教授の伊藤驍(たけし)さん(82)=地盤工学…
秋田県能代市の能代港では40年前、東北電力能代火力発電所の用地造成などの工事に従事していた作業員らが津波にのまれ、36人が犠牲となった。当時、現場監督をしていた三種町鵜川の田村雅義さん(72)も津波…
秋田県男鹿市戸賀加茂青砂の日本海中部地震「津波殉難の碑」前で26日に営まれる慰霊の会で、本紙読者文芸欄(2月9日付)に載った松岡正樹さん(87)=現在秋田市住=の短歌〈慰霊碑の先に広がる加茂の沖悲し…
40年前のきょう5月26日、本県に甚大な被害をもたらした日本海中部地震が発生した。秋田魁新報には、発生直後から地震を題材とした短歌の投稿が相次いだ。被害の実相を刻み、心を寄せる震災詠は、年月を経た後…
県民防災の日の26日に合わせ、秋田県潟上市の秋田西高校と追分保育園は、合同避難訓練を秋田西高校で開いた。生徒約500人と園児約160人が力を合わせて避難し、防災意識を高めた。
きょう26日は「県民防災の日」。災害時には「自助」「共助」「公助」が求められる。とりわけ高齢者や障害者など「災害弱者」が逃げ遅れないようにするためには、住民同士の助け合いが重要。自治会や企業の取り組…
秋田県に大きな爪痕を残した日本海中部地震(1983年)の発生から、きょう26日で40年となった。県が「県民防災の日」に定めたこの日は、各地で追悼行事や防災訓練が行われる。
秋田県大潟村干拓博物館長の船木信一さん(64)が40年前に自前のビデオカメラで撮影した日本海中部地震の映像が、動画投稿サイトのユーチューブで公開されている。約6分間の映像で、2020年5月に公開され…