土崎空襲

「土崎空襲」に関するニュース一覧です。

時代を語る・吹浦忠正(2)土崎空襲、米国嫌いに

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 昭和16(1941)年3月17日、秋田市で生まれました。異母きょうだいで、私は6人の中の末っ子です。上の4人を産んだ母親は早くに亡くなったんです。私とすぐ上の兄は、おやじ(忠治)が再婚したタエとの間…

北斗星(12月13日付)

 終戦があと1、2週間遅ければ現在のJR秋田駅、土崎駅に近い秋田市の市街地2地点が爆撃を受けていた可能性がある―。太平洋戦争末期の米軍の戦闘計画書などから、そんなことが明らかになった。10日付本紙の記…

秋田市中心部に空襲計画 米軍戦闘計画書で判明「終戦遅ければ実行も」

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 太平洋戦争末期、米軍が秋田市の中心市街地への爆撃を計画していたことが、日本の都市空襲を研究している工藤洋三さん(72)=山口県周南市=の調査で分かった。工藤さんは「終戦があと1、2週間遅ければ、計画…

土崎空襲題材の紙芝居、モデルの女性も耳傾ける 男鹿で披露

 終戦前夜の土崎空襲を題材にした紙芝居「しずちゃんが見た戦争」の読み聞かせが2日、男鹿市の男鹿市民ふれあいプラザ「ハートピア」で開かれた。作品の主人公「しずちゃん」のモデルとなった高橋静さん(90)=…

遠い風近い風[畑澤聖悟]自分の足下

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 「こなたは世間を汚らわしい卑賤なものだと云われる、しかし世間というものはこなた自身から始るのだ」

終戦77年・二つの戦禍(5)平和教育 時事問題、どう伝える

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 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって約半年。惨状が繰り返し伝えられ、疑問や不安を抱える子どもも少なくない。学校では学習指導要領に基づき、過去の戦争について学びながら平和に関する意識の醸成を促している…

終戦77年・二つの戦禍(4)歴史を学ぶ大学生 武力衝突避けるすべは…

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 「戦争を学ぶ、そのこと自体に意義があると思っている」。秋田大教育文化学部4年の丹波望さん(23)は、中学校社会科での戦争学習をテーマに卒業研究に取り組む。

北斗星(8月15日付)

 「絶対内緒だよ」。子どもの頃に友達とたわいない話を秘密として共有した経験がないだろうか。名古屋市の詩人おのゆういちさんが1998年に刊行した詩集「僕は子どもの頃鳥だった」はそんな秘密から題名を得てい…

平和のバトン、子どもたちへ 土崎空襲犠牲者を住民らが追悼

 77年前の終戦前夜、秋田市土崎地区を襲った土崎空襲で犠牲になった人々を悼む犠牲者追悼平和祈念式典が14日、土崎港のセリオンプラザで開かれた。出席した遺族や地域住民ら約130人が犠牲者を悼み、平和への…

終戦77年・二つの戦禍(1)空襲体験者 焼け野原に故郷重ねて

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 ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、終戦から77年を迎える。国同士の争いが命を奪い、人々の暮らしを翻弄(ほんろう)する光景が、今も変わらずに繰り広げられている。過去と現在、それぞれの戦禍を体験した人…

社説:土崎伝承館10万人 展示充実、幅広い集客を

 秋田市の「土崎みなと歴史伝承館」が、オープンから4年3カ月で入館者10万人を突破した。「土崎神明社祭の曳山(ひきやま)行事(土崎港曳山まつり)」「土崎空襲」「北前船」など土崎地区の歴史や文化を常設展…

時代を語る・工藤雄一(3)空襲の惨状にショック

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 土崎空襲があった昭和20(1945)年8月14日夜。たたき起こされると、防空頭巾をかぶり、その上からさらに子ども用の布団をかぶって外に出ました。母は生後8カ月の弟をおぶっていました。

時代を語る・工藤雄一(2)疎開、思わぬ結果に

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 土崎港町(現秋田市土崎港)の土崎第一尋常高等小学校(現土崎小学校)の教師だった父飛雄太郎と、母キクの長男として生まれました。その後生まれたのも男ばかり5人。一番下の弟は12歳離れています。2番目と4…

時代を語る・青木隆吉(6)戦時中は太平に疎開

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 戦争がだんだん激しくなると秋田市太平の林清寺に家族で疎開しました。太平は祖母トミの出身地で、住職が親戚でした。

戦禍の記憶:学徒勤労動員 「帰らない」飛行機造る

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 太平洋戦争開戦から8日で80年を迎えた。戦時中、学生を軍用機の製造や農作業に従事させた学徒勤労動員。群馬県の工場で戦闘機の製造に携わり、その後、東京大空襲や土崎空襲も経験した能代市の女性(93)に、…

教育2021:どうつなぐ戦争の記憶 惨禍、肌で感じ考える

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 終戦から76年。子どもたちが戦争と平和を考える上で、学校教育の重要性が増している。かつてのように祖父母ら身近な人から戦争体験を聞き取ることが難しくなっているためだ。国民の多くが戦争を知らない世代とな…

戦禍の記憶:土崎空襲学ぶ授業 身近な場所の被害に驚き

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 終戦前夜に秋田市土崎地区を襲った「土崎空襲」の証言を通じ、戦争と平和について考える授業が14日、男鹿市の脇本第一小学校で行われた。元小学校教諭の渡部恵子さん(63)=男鹿市船越=が、6年生の児童に土…

戦禍の記憶:学校生活 通学路で託された手紙

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 兵士の訓練の様子や、「勉強どころではなかった」という学校生活。空襲に遭い、防空壕(ごう)の入り口のすぐそばに落ちてきた爆弾―。秋田市飯島の奥山キヨミさん(94)は、戦中の出来事を今でも鮮明に覚えてい…

遠い風近い風[天野正道]委嘱作品の初演

 私はこの欄で前々回、「既に精華女子高校吹奏楽部(福岡)のミュージカル曲、海上自衛隊呉音楽隊(広島)、コンフォート・ウインドアンサンブル(福岡)、そして安城学園高校吹奏楽部(愛知)の委嘱作品を書き上げ…

土崎空襲

 1945年8月14日午後10時半ごろから約4時間にわたり、米軍のB29爆撃機約130機が秋田市土崎にあった旧日本石油秋田製油所とその周辺に爆弾約1万2千発を投下した。製油所が壊滅状態となったほか、被…