「ものの声がきこえてくる」と、油谷滿夫さんは言う。 寄稿:服部浩之(キュレーター)

連載:ハラカラ 第45号 May 2023

70年をかけて50万点に上る広範で多様なコレクションを形成する油谷滿夫さん(89)。油谷さんが築いた独特な知の体系の重要性について、秋田で教鞭を執り、取材を重ねてきたキュレーターの服部浩之氏が寄稿。

絵・コラージュ:菅原果歩

ものの声を聞き、
ものを通して人々の
暮らしを伝える


 「ものの声がきこえてくる」と、油谷さんは言う。油谷さんが秋田市に寄贈した20万点に及ぶものが収蔵される旧金足東小学校内のオフィスには「ものの声を聞け」という油谷さん自筆のことばが貼られていた。
 油谷さんは、主に東北地方や秋田の貧しい普通の人々、つまり農民の暮らしを伝えるものを50万点以上収集する稀代(きだい)の蒐集家(しゅうしゅうか・コレクター)だ。蒐集家というと、すごい財力を持ち所有欲が強い人を思い浮かべる方もいるだろう。しかし油谷さんは、お金持ちだったことは一度もないし、個人的欲望のためではなく社会をよくするために収集する。お金でなんでも買える生活ではないため、既に価値が定まった高価なものを収集するのではなく、自身の身の回りをよく眺め、まだ価値が見出されていないものを集めることで普通の人々の暮らしを伝える膨大で幅広いコレクションを形成することができたのだ。

収集態度にあらわれる
暮らしを支える
ものへの深い愛情


 油谷さんは、「ずっとゴミを集めている。そしてゴミのなかにきらりと光るものを発見する」という。もちろんただゴミを集めているのではなく、多くの人が顧みないものに価値と意味を見出すのだ。家や蔵を取り壊す人がいると、直ちに訪れ可能な限りすべてのものをもらい受ける。選別はしない。油谷さんはこれまでもジャンルを絞った収集は一切せず、生活にまつわるありとあらゆるものを収集してきた。ものをもらう際には、載せられる限り車に積み込む。無駄なく車に積み込んだ様子が美しく、ものをくれた人が感心することが度々あったという。可能な限りすべて受け入れる油谷さんの収集は、特定のものを探し求める所有欲を満たす収集とは異なる。現代において忘れ去られようとしているものを愛するだけでなく、かつて人々の暮らしを支えたものを残すことで、それを伝えるのだ。

古資料を読み込み、
もの同士の関係を
見出す


油谷さんは古文書のくずし字の候文も読み解く

 古書や古文書も多数所蔵する油谷さんは、それらにたくさんの付箋を貼りメモを残す。旅日記や宿帳など江戸後期の古資料を見せていただいたとき、私は書かれていることをほとんど理解できなかったが、油谷さんがくずし字で書かれた文章を声に出して一行ずつ読みあげ、その意味を教えてくれた。重要な単語は書き出し、辞書や専門書だけでなく子供用の漢字学習用教材まで必要なものは分け隔てなく活用し、ことばの成立の起源を辿りながら説明してくれる。そして、異なるきっかけで集まった複数の資料やものを照らし合わせることで、無関係と思われていたものたちに深いつながりがあることを発見していく。

収集を起点とした
多面的で総合的な
表現活動


 油谷さんはこれまで多数の展覧会をさまざまな場所で実施してきた。展示に関する資料を見せていただきお話しを伺うと、一人で多面的な役割を担い総合力をもって展覧会をつくり上げていることに驚かされるとともに、現在の多くの展覧会が細分化と分業制によるものだということを痛感させられる。蒐集家としてだけでなく、展示を企画監修するキュレーター、資料を整理保存するアーキビスト、空間構成を司(つかさど)る展示デザイナー、広報物を作成するグラフィックデザイナー、設営作業を担うインストーラー、そして展覧会を文脈化し歴史的位置付けを模索する歴史家など幅広い役割をマルチにこなす。

秋田市・産業会館展示計画図

横手市・秋田ふるさと村展示計画図

 ところで、油谷さんが展示準備のために描く図面類も非常に魅力的だ。展示室を真上から俯瞰する室内展開図には、展示物が細かに描き込まれており、これを見ると展示の全体像が容易に理解できる。油谷さんの頭のなかには無数の収集物の詳細な情報が叩き込まれており、実物を見なくても詳細に描けるという。それは単に絵がうまいというのではなく、油谷さんが丁寧に繰り返しものを観察し、そのかたちや意味の細部まで身体的に理解している証である。まさにものの声を聞くことで、ものと意思疎通を図るように、ものについて深く識(し)る人なのだ。
 このように、なるべく自分でできることは自分でするという百姓的でDIY的な発想は、生活者の知恵と創造性に溢(あふ)れている。加えて、直接行動を基本とし、権力とは常に距離をおき自主自律を保つ態度は、パンクスの精神を想起させる。油谷さんはものについて無知な私に、いつも実物を前にして、その成り立ちから意味や機能まで丁寧に教えてくれる。誰に対しても分け隔てなく実直で親切に接する油谷さんの温かで飾り気がなく、でもちょっとパンクな人柄は、その収集態度とも見事に共鳴する。

 ところで、喫緊(きっきん)の課題として油谷さんのコレクションは複数の場所に散逸しており、容易には全てのものにアクセスできないことが挙げられる。秋田にとって稀有な宝である油谷さんのコレクションにより多くの人が出会い、ものの声を聞けるように、私たちはコレクションを一堂に集め、保存・整理し、公開可能な場所を一刻も早く見つけなければならない。

油谷滿夫(あぶらや・みちお)
1934年、横手市生まれ。県立大曲農高卒。50年から民具の収集を始める。79年から13年間、角館町「青柳家」に「民具の館」を開き、「平鹿町農村文化伝承館」の主任に就く。その後、秋田県湯沢市秋の宮温泉郷に秋乃宮博物館を92年に開館(2010年閉館)。12年「特定非営利活動法人 油谷これくしょん」を設立。

服部浩之(はっとり・ひろゆき)
1978年、愛知県生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。2017〜22年、秋田公立美術大学准教授。現在、東京芸術大学大学院映像研究科准教授。キュレーターとして携わった主な展覧会に第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(2019年)、「200年をたがやす」(秋田市文化創造館/2021年)。

菅原果歩(すがわら・かほ)
2000年、秋田市生まれ。23年3月に秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻を卒業し、現在東京芸術大学大学院に在籍中。野鳥を対象に撮影、制作、フィールドワークを行い、デジタル写真をあえて古典技法を用いて焼き付けることで視覚を物質化し、原初的なイメージを得ようと試みる。個展に「分け入る森」(BIYONG POINT /2022年)。

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