社説:障害児の逸失利益 健常者との格差に疑問

 事故で亡くなった聴覚障害のある女児=当時(11)=が将来得られたはずの収入は全労働者平均の85%―。この大阪地裁の判決に対し、遺族は「裁判所は差別を認めたんだなと落胆した」と述べた。「格差は許されない」という気持ちが込められた言葉を司法はもちろん、社会は重く受け止めなくてはならない。

 大阪市の聴覚支援学校に通っていた女児が2018年2月、下校中にショベルカーの暴走に巻き込まれて亡くなった。運転手は19年に実刑が確定している。損害賠償を求めた訴訟は20年に提訴された。

 被害者が将来得られたはずの収入などを仮定して算出する「逸失利益」が訴訟の争点。遺族側と運転手側の主張の隔たりは埋め難いほど開きがあった。

 訴訟資料によると女児は補聴器を着けて普通の会話ができ、学習塾にも通っていた。これに対し運転手側は当初「聴覚障害者は意思疎通が難しく、進学や就職が困難」とし、将来収入は一般女性の賃金平均の4割と主張していた。

 遺族が「娘が立派な社会人として生きていく可能性は十分にあった」と反論し、運転手側に主張の撤回を求めたのは当然だ。公正な判決を求めて約10万人分もの署名が地裁に提出された。障害者への差別的な主張に対する怒りの表れといえよう。

 かつて未成年の障害者については就労の可能性がないとして逸失利益を「ゼロ」とする見解もあった。ただ近年は障害者の雇用政策の転換を反映し「一般就労を前提とする」とした判決もある。それでも格差は依然として残っているのが現状だ。

 今回の訴訟では署名提出後、運転手側が当初の逸失利益の算定額を撤回。新たに障害者の賃金平均を基準とした。遺族側は健常者と同じ全労働者の賃金平均による算出を求めており、障害者の平均はその6割に相当する。

 全労働者平均の85%とした判決の逸失利益は、遺族側の求めた額により近い。聴覚障害者の大学進学率の上昇傾向や音声認識などの技術革新などを踏まえた結果という。

 一方で判決は「労働能力が制限されうる程度の聴覚障害があったことは否定できない」とした。障害者は健常者と同じには働けず、賃金が低くなるのは当然―という決めつけのようだ。社会に残る障害者に対する偏見を助長するものではないか。

 そもそも逸失利益の算出に性別や健常者か障害者かなど、異った基準の賃金平均が用いられていることに疑問がある。多様性を尊重し、差別をなくそうとする社会の流れに逆行しているのではないか。

 不幸な事故で命を絶たれた障害児の未来の収入を、格差の残る現状を反映した基準を用いて算出する必要はないだろう。共生社会へ向けて時代が前進するためにも司法が先陣を切って変化してもらいたい。

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