時代を語る・岡本リセ子(12)船は代々「第八旭丸」

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昭和44年、宮城県の会社が造った底引き網漁の船で出漁
昭和44年、宮城県の会社が造った底引き網漁の船で出漁

 夫は昭和40(1965)年9月、底引き網漁に乗り出しました。船を買い替える先輩漁師から安く譲ってもらった古い木造船で操業を始めました。先輩漁師が付けていた船の名は「海福丸」。譲り受けた後、「第八旭丸」に変えました。

 改名には理由があります。発端は、夫が幼い頃に、一本釣りの船で操業中に起きた火事でした。乗っていた義父と乗組員は救助されましたが、船は沈んでしまったといいます。

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