集う人々・世界×文化(8)韓国・済州島にみる墓と人々(高村竜平)

 すべてのひとはいずれ死ぬ。しかし死者は単純に消えていく存在ではない。死者は、死者として、先祖として社会の中に存在し続ける。社会学者の中には、物理的には存在しなくても、象徴的な基盤を持って社会に存在するこの「死者」というカテゴリーの発見を、人間性つまり動物と人間とを分けるメルクマールとしてあげるひともいる(内田隆三『消費社会と権力』、岩波書店、1987年)。

 日本でも仏壇や位牌(いはい)のように、死者をあらわす象徴的なモノがあるが、そのなかでも墓は社会的に大きな意味を持つ。墓は屋外に設置され、死者をある場所に固定するため、家族以外の人々とも関わりを持たざるをえないからである。

 日本とは異なり、土葬して一人ひとつ(あるいは夫婦一組にひとつ)の土(ど)まんじゅうをつくることが葬法の主流だった韓国では、墓の存在はさらに大きなものであった。ここでは、筆者が調査してきた韓国の済州島を舞台に、墓をめぐる人々の集まりとその変化について紹介していきたい。

 ◇  ◇

 済州島における墓にかかわるもっとも重要な行事は、「伐草」あるいは「掃墳」と呼ばれる、墓の草刈りである。韓国では旧8月15日の「秋夕」(日本のお盆にあたる)に自宅で先祖祭祀(さいし)を行うが、これに先立って旧8月1日ごろに父系の祖先をともにする人々が集まり、先祖の墓の草刈りをしてまわる。草刈りへの参加は一族のメンバーの義務と考えられており、欠席した人物はタオルなどを配ったり、寄付金を出したりすることもある。「お盆には帰らなくても草刈りには帰らないといけない」という言い方があるほど、重要な行事である。

 ソウルや釜山、さらに日本など島外に住む親族も多いが、たとえば済州島出身者が多く住む大阪からは、かつて草刈りの時期に合わせて臨時の航空便が設定されていたともいう。

 1980年代までの済州島では、農地や山野に墓を設けることが普通であった。そのため、草刈りの際はあちこちに点在する墓を忙しくまわらなければならない。自動車や草刈り機を使うことがあたりまえになったとはいえ、勤め人も増え、草刈りに長い時間をかけることが難しくなった。また、観光地化による地価上昇の影響や政策的な制限もあって、墓地として指定された区域以外に墓を作ることも難しくなってきた。そのため近年では、一族の墓を集めることが盛んである。1カ所に集めて「家族共同墓地」とすることで、移動の手間が省けるというわけである。

 また最近の韓国における大きな変化として、火葬の急速な拡大があげられる。朝鮮王朝時代(1392~1910年)に導入された儒教では、土葬することが「孝」の実践として重要視され、独立した韓国でも土葬が中心であった。

 しかし1998年以降、墓地の不足を解決するなどのために火葬が国策として推進されるようになる。当時20%台であった火葬率が2008年度に61・9%、18年度には86・8%を記録している。済州島は火葬率が相対的に低い地域であるが、それでも18年度は73・4%である。火葬後の遺骨は、個人単位の納骨堂や家族単位の納骨堂に納めるもの、散骨するものなどさまざまで、火葬したうえで先に述べた家族共同墓地を作ることもある。

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 少子高齢化・人口の流動化・地価の上昇など、さまざまな社会状況の変化が、墓の在り方に影響を与えている。一方で、死者が死者として社会の中に位置づけられることは変わらない。その位置づけ方が、社会の変化に伴って変わってきているのである。済州島の人々は、急速に変容する社会状況の中で、墓の在り方をめぐって試行錯誤している。

 墓や葬送は、変わりにくい伝統文化として扱われがちだが、じつは社会の変化を敏感に反映して、変わっていくものでもあるのだ。それは日本でも同じであろう。

【たかむら・りょうへい】1968年生まれ、大阪府泉南市出身。秋田大学教育文化学部准教授(文化人類学、朝鮮近現代史)。共著に『復興に抗する-地域開発の経験と東日本大震災後の日本』『済州島を知るための55章』など。

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