時代を語る・工藤雄一(10)防衛大を中退、秋大へ

有料会員向け記事
※写真クリックで拡大表示します
アジア競技大会開会式が行われた国立競技場前で(左から2人目)=昭和33年5月
アジア競技大会開会式が行われた国立競技場前で(左から2人目)=昭和33年5月

 高校1年の時に父が亡くなり、母キクは港北小学校の給食の調理室で働きながら、4人の子どもを育てていました。家計は苦しく、長男として早く就職し、給料袋は封を切らずに母に渡そうと決めていました。

 当然、進学は諦め、成績も次第に下がっていきました。ある日、学級担任に呼び出されました。師範学校で父と柔道仲間だったその担任は「お金がないから進学できないと短絡的に考えないで、何か進学できる方法を考えるべきじゃないか」と言います。

お気に入りに登録
シェアする

この連載企画の記事一覧

秋田の最新ニュース