時代を語る・工藤雄一(2)疎開、思わぬ結果に

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昭和20年ごろ、両親と
昭和20年ごろ、両親と

 土崎港町(現秋田市土崎港)の土崎第一尋常高等小学校(現土崎小学校)の教師だった父飛雄太郎と、母キクの長男として生まれました。その後生まれたのも男ばかり5人。一番下の弟は12歳離れています。2番目と4番目の弟は幼くして病気で亡くなりました。

 物心がついてから結婚するまでの大半を土崎で過ごしました。2、3回引っ越しはしたのですが、移る先はいつも土崎の中でした。小さい頃は毎日のように近所の友達と外で遊び回っていました。港の近くで育ったためでしょうか。軍艦の絵をよく描いていたそうです。

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