小三治さんからのはがき、宝物に 大仙の夫婦、50年前に縁

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菊地英逸さん宛てに届いたはがき。差出人に「柳家小三治」と書かれている(写真は一部加工)
菊地英逸さん宛てに届いたはがき。差出人に「柳家小三治」と書かれている(写真は一部加工)

 「南外村」懐しいうれしい思いで胸が満たされました

 手書きの文章が裏表にびっしりしたためられたはがきの差出人は、先月81歳で亡くなった落語家で人間国宝の柳家小三治さん。2014年8月6日の消印がある。

 持ち主は元南外村の職員で、今は大仙市神宮寺に住む菊地英逸(えいいつ)さん(78)。半世紀ほど前の1970年、南外の自宅に小三治さんを泊めたことがあった。

 英逸さんによると、弟の大学の同級生だったTBSラジオのディレクターから田舎の生活を取材させてほしいと依頼があり、引き受けた。その取材に訪れたのが、当時30歳の小三治さんだった。

 5月か6月のことだったと、英逸さんは記憶している。妻サツ子さん(74)と車で大曲駅に迎えに行き、自宅に案内した。夫妻は小三治さんを知らなかったが、落語家が来てくれたと張り切って迎え入れた。

 集落の人たちに声を掛け、英逸さん宅で小三治さんを囲み、唄や三味線、踊りを披露した。晩ご飯にはサツ子さんが作った山菜料理を振る舞い「いつもこんなごちそうを食べているんですか」と驚かれた。夜は蚊帳をつるした布団で寝てもらった。

 宴席で、住民の一人がこう尋ねた。

 「なんで、こさんじ(小三治)という名前なんですか」

 答えはこうだった。

 「そりゃあ、だいさんじ(大惨事)になったら大変でしょう」

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